星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 021

放課後。灰色の壁に囲まれた、薄暗い部屋。狭い空間に木製の本棚がぎっしり並んでいる。
そこには律儀に順序良く、毎年事の記録が収められていた。
19××年。地域おこし活動の一環として、理事長兼校長の所有地のひとつ一帯に桜が植えられる。
写真は接木に使ったのであろう桜と、それを植えた場所。一緒に当時の校舎も写っていた。
(ここ知ってる。学校から離れた場所だよなぁ。それにしても当時は金あったのかな)
19××年。環境が悪化した為、移転。その際、校長が個人で私財を投じ、所有土地もいくつか手放した。
移転前の土地とその周りにあった土地も同様。
写真は桜と、新しい校舎。
(だから離れてんのか。桜を植えた土地の所有権も売ったんだ。今もある場所を学校のものだと威張れないわけだー。理由はぼかされてるけど教育方針やら生徒数やら、この年以降変わってきてるし苦労したんだねぇ)
まぁいいや。床に座りこんで歴史を漁っていた牡牛は天井を仰いだ。この人達には悪いが、今は感謝している場合ではなさそうだ。
図書委員の職権を乱用しているが、昼休みから部屋の本を漁り、結果として学校の歴史をお勉強したのだし少々は許されるだろう。結構流し読みだが。
再び2冊の本に目を向ける。今度は内容全部ではなく写真に。
接木に使われた方。白黒写真だが、すんなり伸びた幹の桜。この木は元々植えた土地にあったのだろうか。
この1本だけ撮らなくても土地全体と合わせて撮ればいいのにと言いたくなる。
次に、桜だけ写された方。やはり白黒で、花びらが1枚だけこちらに向かって飛んでいた。こちらが乗る意味はよくわからない。土地に植えられた桜には見えないし、新しい校舎の傍にあったわけでもなさそうだ。
どちらにしろ、桜1本写した写真で生徒に何を訴えたいのやら。
訴えると言えば。
(…誰だか知らないけれど、桜がどうかしたんですか)
順序良く収められている、という言葉には例外がある。この2冊とか。
最も部屋の奥にある本棚の最も下の段。そこに並んでいた。創立してから最初の数年に関する本も見当たらないし、毎年記録を取れるわけでもないのだろう…と、思っていたら。3冊の本が並んであった。
離れた年の本が、目立たない位置に詰め込まれている。共通点と言えば、桜絡みと創立から12年ごとの年というくらいか。ただし、同じ条件でも順序良く収まっている本は他にもある。単なるいたずらと言われれば納得できる。桜が写っている写真も他も山ほどあった。
…まだ数十年分残っている。自分なりに少し調べてみるかと書庫を開いた結果がこれ。
もう帰りたいが、あと1冊。
さきほどの2冊と一緒に並べてあった、12年の規則に当てはまる年の1冊。
引っこ抜くと挟まれていた紙が落ちる。
ここ数時間、モノクロかアースカラーしか見ていなかった目にそれは鮮やかすぎた。
大きな桜が、重そうなほど花をつけ地面に影を作っている。若草色の地面と淡い色の花。雲ひとつ無い晴れた空。
端に写っている門と自転車置き場。写真の端には年月日も書かれていた。この本が出来た時の年だった。
(学校の桜じゃんか)
だが、こんなに穏やかな雰囲気だったろうか。もっと古くて重い空気のような…年月を重ねた証拠か。
本をめくって見る。桜に関する記述はない。
この写真が攫われた人間が撮った物と仮定してみる。写真を撮って現像し、鍵を使い、ほとんど人の来ない書庫に入るという危機感のない行動をとった事になる。牡羊達の言っている現状と噛み合わない。
しかし、無関係とも思わない。
3冊目の本が出来た年に流石に書庫まで来て写真を挟み他2冊も移動させるとなると、随分と面倒な気がする。
単なる偶然…と言うには桜が絡みすぎて気味が悪い。
結局確かな情報は掴めなかったものの、桜に関する何かがあった事。そしてこの写真を撮った人間は特に怖がっていないのであろう、という事はわかった。
本と写真を元の位置に戻すと、書庫を立ち去る。
「…?」
突然、着信がきた。見ると牡羊からだ。
「はい。牡羊、どうかした?」
『牡牛!今どこ!?メール見た!?』
そういえば、メールも1通届いていたが…。