「なぁあんた、誰なんだよ」
誰って桜だろ、と自分で自分にツッコミつつ、双子は確認のため問いかける。
それにしても、鮮やかで謎だらけの空間だ。まず、色とりどりの和紙に囲まれ、足場がない。周りをじっと見ていると、違う色が目に入るのでずっと同じ所には浮いてないとわかる。ゆっくり落ちたり昇ったりする無重力空間。何これ俺は現実に見放されたらしいと、内心頭を抱える。
「威勢がいいねー!」
桜は楽しそうに笑っている。
「俺は、射手っていう桜。今は花を咲かせてないから納得しきれないかもしれないけどね?桜にも色々あるんだよ。まぁこのへんに異論を唱えられたくないよね。人間だって色々じゃん」
「そーなのか。なのに12年に1度の話は同じなんだな」
「人はバレンタインをひとりだけ違う季節にやったりできるの?」
トラップにかった気分だが、ここであれこれ述べるのは…正月に門松を出してないと文句を言われるようなものかもしれない。でもそれを言うなら、
「なぁ、俺は道を通りかかっただけだったよな。道は曲がってから次の角までの距離が短かったと思う。
で、あの場からここに来るまで30秒もなかっただろ。うちの学校と似た制服だってあるし…俺があの学校関係者だって、断定するの早くね?どうやって決めたの?」
「制服で決めてないし。雰囲気だよ」
「ふ、雰囲気…テキトウすぎない?」
「テキトウの逆。桜を好きになってくれた念が纏わり付いてんだよ、あの学校。それが関係者にも移るわけ。だから分かんの。あんな凄い念って中々ないと思うよ?」
「相当の桜好きが、あの学校にいたって事?」
「ついでに言うと、桜もその人が好きでないと生まれないね、あれ」
何があったか知らないが、双子にとってはいい迷惑である。
それにしても、よく喋る相手だ。しかし…
「もしかしてさぁ…射手は当時の事、見たりしてないんだ?」
「俺がほんのガキだった頃に起きたらしいからねー。場所もここから離れてるし、当時を知ってそうな奴にそのへん詳しく聞こうとしたら怒られたなぁ。あれだ、タブー扱いってヤツ」
でも、そういうのって興味持っちゃわね?と、射手はニヤリとする。が、すぐに眉間に皺を寄せた。
「確かに12年に5組できるカップルも、全員幸せになりましたーとはいかないさ。童話じゃないんだし。
反面、仲良くしてる連中もいるけどねぇ。そうでなきゃ誰もこんな事しないさな」
「ちなみに、今年の連中はどう?俺が知る限り、2組はいるはずだ」
「片方は問題ないんじゃね。もう片方は初日からバタバタしてるらしいけど、深刻ではなさそう」
バタバタしてる…蠍のイメージではない。では、問題ないという前者だろうか。
「ま、興味本位に人様の恋愛事情を聞きまくるのも野暮さなー」
「それでも興味は持っちゃいますけど、確かになー」
内心、舌打ちする。質問には答えてくれているものの、もう一歩喋って欲しいというところでやめてしまう。
よく喋るだけで口は軽くなさそうだ。
とりあえず、一気に聞き出そうとするのはやめよう。
既に聞け出せた情報も、ちゃんとあるから。
「にしても、恋愛事情ねー。それってさー桜は好きな子を攫っちゃおうって企画なわけか」
「だーってちょっといいかなって思ったんだし?一期一会って言うし?今しかないよね!みたいな」
冗談めかした口調で、嬉しそうに困ったように笑われた。
この感情、壊さないほうが双子にとって有利だ。
嫌いにさせたら即効で元の場所に返してくれる保障などない。なら、このままの方がいい。
(しっかし…こいつが人間なら、そんじゃ付き合っちゃおうかとか言っていいくらいだけど)
好意を抱かれた側として感想を述べると、先ほどの笑顔で肩を竦める様子は、敵対だ有利だという考えをひとまず置いておこうかと思う程度の力はある。
「そうだ。まだ名前聞いてなかった」
「俺の名前?」
「当然!」
「まぁ、だよな。双子だよ」
「ふむふむ」
それより、
「射手、これ知ってる?」
「おー!知ってる、スマホってやつ!」
「これ写真が撮れるんだけどー。…」
アンテナは見事に圏外だった。街路樹ならもしかして、と思ったのだが…甘すぎた。
「…うん、そうだ、射手と一緒に撮ろうと思ったんだけど」
「一緒に?」
射手は万華鏡を手の中で回す。アンテナが一本立った。これはいける、
(…頼むから嬉しそうな顔はするなよ、頼むから)
居心地の悪い気分で見た顔は、予想に反して曇った顔だった。
「俺、写るかなぁ」
無表情、と言うより無理に表情を抑えたような、硬い表情。
「いいからいいから!やってみようぜ!」
(急ぐんだよ、充電がもう少ない)
カシャ、という音。
「…あ、これはこれで何か面白くね?珍しいっつーか」
喋りながらスマートフォンを操作する。
「…そっかー?ならいいのかなぁ」
(俺だって正直、これでいいのか疑問だなぁ…)
メール作成。画像添付。文章は…伝えたい事は多いが、もう長文を打つ暇はない、『桜にさらわれたww』
これでいいや。タイトルは『さくら』、捻りがなくても問題ない。現状が説明できれば。アドレスか画像かタイトルか本文か、どれでもいいから残れば良い。
2通、一斉送信。牡羊と牡牛宛。うまく届くかわからなくても、やってみる価値はあっただろう。
画像は…写ったのは双子だけだった。肩が当たるほど近くに居た射手も、主張の強い色和紙で出来た空間も写っていなかった。
(やっぱり桜。桜だ)
桜に攫われた。攫われた場所にいてたまるか。親しくなれそうな奴に好意を向けられるなんて、
「な、なぁ双子!気晴らしでもしよう!」
元の場所に戻ればいくらでも出来る。
射手は万華鏡を取り出すと、即効で真上に投げた。
「とりあえずエジプトあたりでいい?」
「えっ」
せめて投げる前に聞こうな…と双子が言う頃。ユーラシア大陸を横断していたのか地中海を渡っていたのか。
それとも地理や座標など関係ないのか。
絶対最後のだ、と確信するのは、数時間後、地球一周した頃だった。