星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 017

数時間後、双子は学校の外にいた。
いつもは授業が終わり次第、帰宅しようとしない。しかし今日は別だ、別すぎる。
縁起でもないと怒る牡羊を宥め適当に食べるものを食べたのが、昼間の出来事。
蠍の存在を忘れたクラスメートに唖然とし、ネットで情報の海を漂い、情報が得られそうな場所を廻ると生徒会の話をされ、中庭で一悶着。何とも悲惨な学校生活だった。
(俺は偶然桜の話を聞いただけだって。大体牡羊の奴、昨日は作り話っぽいとか言ってたじゃん)
『この話、好きかも』
(…唯一真面目に聞いたのが蠍か)
『どうしてこれをホラーだと思ったのかがよくわからない』
(いやいや蠍、これどう考えてもホラーだろ)
怪談を話した事なら山ほどある。だが、遭遇したのは初めてだ。得体の知れない相手にどうしろと言うのか。何とかしようと走り回っても空を掴むようで、そうしている間にも底なし沼に落ちるようで、
『誰も来ませんでしたよ』
(…底なしでもないのかな)
底に着いたら、消えるのだろうか。でも、底って何の底?
とにかく、消えたのは2人。その内1人は、幼馴染にまで忘れられていた。
(親しいほど忘れるのか?でも、生徒会の人間がほぼ学校中から忘れられた説明にならない)
規則性らしきものと言えばやはり、誰かに桜の話をしたかどうかしか…
『俺はそういうの、わかりたくないけれど…そもそもわからないし』
(少なくとも牡牛は話してないな)
『外れてたとしたら、どう責任取れって言うんだよ?』
心臓が跳ね上がる。外れたとしたら責任が取れない。現に今、取れていない。
『そりゃあそうだし、俺だって桜の話した側だし、他に方法思いつかない頭してるし!けど、これなら俺で止めとけばよかった』
(何言ってんだ牡羊、バカじゃないか。そこはいっそ先輩が話さなければよかったんだーって言えよ。加害者面しやがって)
しかしそうなると、自分だって被害者だ。その理屈を当てはめると…
(キリがない)
それでも随分楽ではないだろうか。自分だって被害者だと思うのは。
『せっかくホラーなノリで話そうとしたのに…知ってる人が少なそうな、とっておきのネタだったんだけどなぁ』昨日の自分。
『仲良くなるきっかけになるかなーと思って話したんですしね』中庭での牡羊。
『そういう事情を知ってて話すような趣味、ないです』中庭での牡牛。
『ホラーっていうより恋愛物だと思ったかな』昨日の蠍。
誰が、こんな事になると思うんだ。でも1番不真面目に面白がってたのは自分じゃないのか。そういう話が好きなんじゃなかったのか。
「誰でもいいから気分変えろよ。パーッと楽しい事してくれよ」
無意識に出た自分の声に驚き、我に返った。
悩みすぎだろ、バカバカしい。どれだけ桜の話を本気にしているんだ。みっともない。こういう場合は警察だ。…。…存在が消えた人間を探してください、とでも?
血管が波打っている。朝から考える内容がループしているのは気のせいだろうか。
その時、
「よ、っと」
男が目の前に『上から降って』きた。
「こんにちはーっ!」
「こ、こんにちは」
展開に頭がついて行かず、とりあえず止まってしまう。気さくな仕草につられ声を返す。
縦縞のマントのようなものが翻りオリーブ色した着物が見える。マントを外せばかなり地味だろうが、小ざっぱりとした印象に嫌悪感は沸かない。ひょいと片手を挙げる。
昼間に若草の生えた街路樹の傍という明るい場所のせいもあるかもしれない。
腰に下げた巾着袋から何やら取り出すと、ポーンと上に放り投げた。
赤い万華鏡。
それに桜の柄があしらわれているのを確認した途端、一気に頭が動き出した。が、仮にもっと早く桜を連想してたら、結果は変わったのかどうか。
上に昇る万華鏡の中が一瞬輝いたかと思うと、色和紙が矢を射るような速さで降り注いでくる。
たじろぐ間もなく色和紙の壁に囲まれてしまう。万華鏡が落下すると空に向かって色が噴射されてゆく。
(これ…攫われてるのか?)
理解できたのは桜のみだった。双子の頭には、冬に花を咲かせていた気がする街路樹と『冬桜』という言葉が浮かんでいた。
挨拶をしてからここまで、瞬く間の出来事。
路地には萌黄の葉をつけた街路樹が日の光を浴びている光景だけ残された。