星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 016

牡牛と昼食を取りながら牡羊が再認識したのは、本当に乙女の事を忘れているという事だ。
そして、それ以外はいたって何も変わっていないという事。
「双子先輩まだかなぁ」
空の弁当箱を片付けながら牡牛が溜息をついていた。双子がなかなか来ないのだ。
「だよなー。ちゃんと中庭にいるって連絡したのに、何やってんだろ」
これで双子も忘れていたら…消えていないだけ、良い。
「や、悪いな〜遅くなった遅くなった」
「双子先輩!どこで井戸端会議してたんですかー!?」
「だって気になる話聞いちまったんだよー。…生徒会の書記が誰か知ってる?」
「俺、生徒会長の名前も覚えてないんですけど」
「そうだった…」
「…あのー。書記は今度決めるのでは?」
「えー、選挙があったのは去年の話じゃん。これくらいなら俺も覚えてるし!
それとも何、書記だけ決まってないっけ」
「そうだよ。…?」
牡羊と牡牛、2人はそれぞれ違った意味でポカンと口を開けていた。
「双子先輩、書記は何て名前ですか」
我に返った牡羊の剣幕に後退りしつつも答える双子。
「お、お前らのクラスになってたはずだよ。俺だって自信持って言えないけど、たしか、お…」
「乙女!!」
「そうそう、そんな名前。…覚えてるのか」
腕を組み、複雑そうに双子が言う。嬉しそうな、怖そうな、困ったような。
「こっちからも良いですか!?その書記と牡牛は幼馴染…と俺は記憶してるんですけど…」
「だから、知らないよ」
双子は首を傾げ、真剣に訴える牡牛を見つめていたが、やがて中庭の向こう側に目をやった。
「牡羊。昨日の昼、食事してた時、ここに3年生が来て俺に声かけたよな」
「?誰も来ませんでしたよ」
「……」
「それより、これ変ですよね?実は俺、双子先輩が言ってた桜の話を牡牛と乙女にしたんですけど。
昨日言えよって感じで悪いんですが、あれ対策方法とか聞いてませんでしたよね。何なんですか?」
「………」
双子の顔に浮かぶ複雑な色が、どんどん濃くなる。目が色々な方向に行くが、どこを見ても白い校舎に囲まれ、芝生か生徒が行き来する窓しか見えないだろう。その内の一方には、美術室へと歩く生徒の姿もあった。
「俺だって、卒業した友達に聞いただけの話だよ」
「…方法、わかんないって事?」
「そーだよ」
吐き捨てるように言うと、牡羊の横に座り込んだ。
「昨日、ここで昼食取った記憶は俺と牡羊共通のものなんだな?あの時、俺のクラスメート…蠍って奴が声かけてきて。なのに『昼食の時に俺が牡羊以外の誰かと話してた』記憶がお前にないのは…なぁ、俺は昨日ここを去った時、どういう理由で誰と去った?」
「は…?…俺が早く食べたらって言ったら食べて…誰とって、双子先輩ひとりで…」
「俺は偶然そこを通った蠍に呼ばれた、そこでお前が早く食えって言った。で、蠍とここを去った」
「ここに聞こえる音量で声出したら気づくにきまって…いや!それより!」
「方法あるなら俺が聞きたいね。あの話した俺のクラスメートもさー…いないんだよ。皆そんな奴いないって言う。席もない。担任に聞いても同じ。いっそ生徒会で何か聞いてみようかと、ここ来る前に生徒会の奴に会ってみたら『書記が早く決まればいい』。何それって感じだよ」
「ホント何それですよ!そうだ、双子先輩にこの話した人に連絡取りましょうよ!」
「昨日言ったろ、春休みに聞いたって。そいつ、先月の春休み中アメリカに留学した。それに、俺が話すの好きだから話題提供しただけだけに見えたけど。それなら内容は濃くするもんじゃね?知ってる事は全部言うだろ」
「何か、似たような話は…」
「無い、って言っとく。疑いだしたらきりがないし素直に聞いたままの話を信用すると、この学校限定の話になるよな。この学校に似た話はない。俺の知る限りはない」
双子が知る限り。牡羊と牡牛は、それはもう無いと断言していいんじゃないかと思う。
「俺が牡羊に話したのは昼食時で、蠍に話したのが5限目で…。牡羊が牡牛達に話したのは?」
「5限目が終わった後。…なぁ牡牛、これ合ってる?」
「うん。『牡羊とふたりで』話したよ」
目を覗き込むと、尚も信じてくれと訴えていた。何だこれは。牡牛はもっと、ゆったりとした雰囲気ではなかっただろうか。双子も双子で、陽気に喋る先輩のはずだ。
「あ」
ふと、双子が顔を上げた。
「どうしたんですか?」
「…方法って言うには微妙かもしれないけど…。…牡羊と俺に共通点があったなと思って」
「何!?」
牡羊は身を乗り出すと藁をも掴む思いで叫ぶ。一瞬たじろいだ双子だが、すぐ元に戻り、
「人に話してる」
「桜の話を?」
「そうだよ。牡羊は牡牛とクラスメートに、俺は蠍に話したのは確かだろ?でも。そいつがよく喋る奴じゃないなら、誰にも桜の話をせず帰った可能性の方が高くないか?昼過ぎの出来事だし。少なくとも、蠍はなんていうか…はぐらかすような喋り方する奴だったんだよ。お喋りには見えなかったね」
「乙女は…あんま愛想ない奴です。えーと、あの後…。…牡牛と一緒に帰ろうとしたのは見たんですけど」
「喋ってないと思う?」
「…おそらく」
「それじゃないのか」
「待ってくださいよ。桜の話はいわゆる、伝染る怪談、って事?」
黙っていた牡牛が口を開き、双子は小さく小さく頷いた。
「伝染る怪談で最もよくある助かる方法は、その話を知らない誰かに話す事。俺と牡羊が助かってるなら…
桜の話も誰かに話せば助かるシステムという可能性はゼロじゃないと思うな」
「俺はそういう事情を知ってて話すような趣味、ないよ」
牡牛は今まで黙っていた分とばかりに主張し始めた。
「あと、俺は幼馴染がどうとかいう話を信じてないよ?確かにメールは気になる事だと思う。
書記だけ決まってないのだって普通ありえない。だけど機械の故障かもしれないし、例外って言葉もある。双子先輩も牡羊も、ここまで悪ノリする人ではないとも思う。けど気を悪くしないで欲しいけど…まだ、そんなに親しくもないんじゃないかとも思うよ」
「待てって、双子先輩の言った事が当たってたとしたら、1番ヤバイのお前だ!」
「外れてたとしたら、どう責任取れって言うんだよ?」
「そりゃあそうだし、俺だって桜の話した側だし、他に方法思いつかない頭してるし!けど、これなら俺で止めとけばよかったってのと」
牡牛を助けたいっていうのは本気で言える!
「別に実行するよう強制してないよ」
牡羊が言おうとした事は、双子に遮られた。
「ちょ…双子先輩、何言って…」
「今わかってる範囲では、こうなんじゃないかってだけ。第一、俺が無事って保障もないからな。
もし消えたら出来るだけ忘れないよう頼むわ」
「出来る範囲で頑張りたいと思います。じゃあ俺は図書委員の仕事があるんで」
牡牛は苦笑いすると、牡羊と双子に手を振り中庭から出て行く。待て、と呼び止めたのは牡羊だった。
「お前、この話聞いても平気でいられるのかよ?」
「ううん。俺はそういうの、わかりたくないけれど…そもそもわからないし」
本当はこの手の話なんてどうでもいいのに、「どうでもいい」と決断するには材料が足りない。それに、
「…そんなに言われたら、気になるじゃないか」
誰に言っているのか、自分に言っているのか。重い声だった。
そんな牡牛を、牡羊は黙って見送っていた。
お前は忘れているが、人が消えてしまった。考えれば不自然な所はあるだろう、それがその証拠。どうやら桜に攫われたらしい。と、言われて信じる人間がいるだろうか。自分の記憶を信じて当たり前じゃないのか。
(覚えてた俺も、遅刻だ欠席だ夢だって思ってたし。でも、そうでもしないと何かイラついて仕方ない)
「牡羊、お前その乙女って奴と親しかったのか?」
「うーん。クラスメート、ですけど…そもそも、仲良くなるきっかけになるかなーと思って話したんですしね」
「へぇ。結果としては俺も似たような感じかなぁ。絵まで貰っちまった」
「俺、何にも貰ってない。こんな事なら何か貰えばよかった。双子先輩、良かったですね」
「どーだろ。少なくとも俺はめちゃくちゃ興味持たれて逆にビビッたな。あの話気に入りすぎ。
好きしてる事なんだから、そこ忘れるなとか言われたけどそれでもなぁ」
「…変わった先輩っすね…」
「なぁ牡羊」
振り返ると、双子は牡牛以上に疲れたような笑顔で、
「出来るだけ忘れるなよ。頼むわ。約束だ」