星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 012

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。
夜、公園では花見もお開きにしようという客が、桜の根元に敷いていたブルーシートを片付けている。
荷物の上には切り取られた桜が積み重なり、後には散り始めたかと勘違いしそうな姿の桜が取り残された。
酔った花見客に文句を言っても枝が戻るわけではない。が、公園に咲く桜はこの1本だけと言うのに、大事に扱ってもらえないのだろうか。
名所でもないので場所取りには困らず、花見をするには良い環境…だが。
(桜にとっては良い環境でもないような)
花見客がようやく立ち去ってくれた時、桜が憐れやら悲しいやらで、蠍は来た目的を忘れそうになる。
暫くしてからマフラーを巻きなおし、
(それじゃあ、逢いに行こうか)
迷わず桜に駆け寄った。
土は固まってしまい、赤茶色の切り口が所々に見えるが、しなやかな枝が夜空に向かって伸びている。
どちらかというと細い幹が、散ってもいないのに儚い印象を与えた。囁くような音をたてながら夜風に揺られ、抱き締められそうだ、などと思う。
(…何も起きないって事は)
桜は自分を好きになってはくれなかった、という事なのか。
「私はこの桜を好きになれそうなのに」
幹を撫でた。
もうひとつ、手が重なった。
「それ、本当?」

いきなりの展開に呼吸を忘れかけた。蠍は目で相手を追う。
(誰?)
温かい、体温のある手。生きている。指は長いものの、体格の良い相手ではなさそうだ。次に、桜柄の青い着物。首が動けるようになり、相手と顔を見合わせる形となる。
男だった。
おそるおそる話しかけてきたのに、目はしっかりこちらを見つめている。いや、そもそもいきなり手を重ねてきた時点でおそるおそるも何もないはず。なのに、不安そうな瞳でじっと見てくる。
相手はおびえているのかとすら思ってしまう。
口が小さく動き、細い声が再度尋ねた。
「好きって本当?」
言い終わると突然目をはずし、もう片方の手で枝にひっかかっている花びらを取り、そのまま自分の口元へ当てている。
(どうしたものか)
双子の話が本当だったという驚きより、目の前の相手にどう返すべきかという悩みが勝つ。蠍は悩んだ。
悩んだ末、
「どんなふうに見える?」
「……」
そもそも聞かれたところで、繰り返し言う気もあまりないのだが。あぁ、そのせいで、双子は「なぞなぞしてる気分になってきた」と言ったのか。謎すら出す気もないのに。
自分は何と言ったっけ、桜にとっての確率を話したのは覚えているが。あの時は、こっちは急かされてる気分と愚痴りたくなった。
(そうか、そうだった)
桜にとっては今しかないのだった。
重ねた手は相変わらず離してこない。蠍は片手で自分のマフラーを取ると、相手の露出した首元に巻く。
見たときから寒そうだと思っていたのだ。これでよし。…。
…やっぱり言葉にしなければだめだろうか。
考えて考えて、蠍はありったけの愛情を込めて桜の頭を撫でた。
小さい子供のような笑顔を返した桜は、自分の唇に加えていた花びらを蠍の方へ飛ばす。
花がゆっくり光った気がした。