星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 011

何だか独特な子だった。
蟹に話しかけてきた生徒は、桜が人を攫うという奇妙な話をした。ただ、本人は怖がらせたくて喋ったわけでは無いようだ。むしろ神秘的な恋愛話だと思っているらしい。
そういえば、天秤の母校にも桜の木の下で告白すると成功するという話がある。考えてみればあれも桜がいきなり人の恋愛の仲介役をしている、これはこれで奇妙な事だ。
これを考えると、どうして目を輝かせながらあの話をしたのかわかる気もする。蠍と言っただろうか、あの子は少し注目する点が違うだけなのだろう。
(そういう事にしておこう)
職員室の机に向かいながら、天秤はひとり頷く。
(それに誰に対してもああいう態度という訳ではなさそうな)
仕事中だし、これでと蟹が去った後。
帰り際、天秤に向かって「さようなら」と挨拶する蠍は物静かな生徒に見えた。
成程、場所が場所とはいえ親戚のお兄さんと学校の先生では態度が違って当たり前だ。
(…牡羊くんも、人によってはおとなしいのかな)
好きな子とか。
(いても良さそうなものだけれど)
それか、牡牛と乙女みたく幼馴染…と考えて、クラスに牡羊の幼馴染がいたら有り余る元気が更に溢れそうだと思い直す。
窓の外から夕日が見えた。時期に墨色の空になる。
天秤はつい数十分前、蠍とした会話を思い出した。蟹が去った後のものだ。
『蟹さんの親戚が学校にいたとはなー』
『はい。今、3年になります』
『そっか、私は2年の担任だよ。今年からこの学校のお世話になってるんだ』
『…よろしくお願いします』
『こちらこそ。3年の蠍くんだね、覚えた』
『ん、そう仰ったなら、忘れないでくださいね?天秤先生』
『そうだね、言ったのだものね』
『約束ですよ?』
さようなら。