「牡牛は、牡羊が言ってた話をどう思うんだ」
牡牛と乙女は、閑静な路地を歩いていた。
「どうって?」
「いやその、怖いとかか?」
質問に質問した乙女の顔を牡牛は覗き込む。
「桜、怖い?」
「怖くない」
「善き哉、善き哉」
「本当に怖くないってば」
「そういうの信じないんじゃなかったっけ。それとも桜嫌いだっけ」
「信じていない。桜も好きだ。けど…この話を作った奴は何なんだろうな」
誰かが行方不明になるのは怪談だとよくある展開だ。珍しくもなんともない。
ただ、桜が咲く短い季節を狙って話を広めている。学校の者全員を狙った、逆に言えば学校外の者には無関係な話を。在校生かその関係者が作ったのだろうが…。
何が悲しくて知っている顔や自分のみが巻き込まれる話をするのか。
「それ言ったら話すと伝染する怖い話はもっと嫌だよ。そういう人もいるんだとしか言いようがないかな」
「特定の相手を怖がらせる奴?」
「うん。俺はそういうの、よくわからないけれど。わかりたいわけでもないから」
「お前は桜の話、どうでも良さそうだな」
「うん」
真顔で即答。
こうして噂話をどうでもいいと結論付けるのは、安全な道なのだろう。
「よく言うじゃない、花より団子って」
「俺は団子もいいけど花も見たいな」
「団子だって団子!あ、それじゃあ明日ね」
「うん、また明日」
「俺は団子派だからねー」
この時、乙女が見たのは自宅がある方向ではなかった。
別の方向。あの建物の向こうにある。周りを見下ろすように立っている、大きな桜。