なにがなんだかわからない。
俺はただ、いつものように、学校行って、授業寝て、弁当食って、クラブやって。
クラブ終わって、チャリ置き場行ったら、チャリのタイヤがパンクしてたから、歩いて帰ろうと思って。
近道して。山に入って。
山ン中には川があって、川には橋があって、そこを渡れば家への近道なんだ。
なんで、橋が燃えてるんだ?
いやそれはいい。それはまだわかる。なんか橋に雷でも落ちたのかもしれない。今日は晴れてるけど。
なんで橋の炎が、地面を走って、俺のほうに伸びてきて、俺を取り囲んでるんだ?
煙がからい。咳き込みながら辺りに目をやる。
河原に誰か立ってる。男だ。腕を組み、じっと俺を見据えてる。
俺は男に向かって、助けてくれって言おうとして、やめた。
男が笑ってるのが見えてからだ。
キャンプファイヤーでも見てるみたいに、楽しそうに。俺がいま、その焚き火のマキになっちまおうとしていることを、喜んでるみたいに。
俺が戸惑ってるとそいつは言った。
「そのままでは焼け死ぬが、どうする?」
どうするって。どうすりゃいいんだよ!
橋に放火したのはあいつか? でもって、たぶん河原に円形にガソリンでも撒いてあったのだろう。俺が罠にかかるのを待って、ライターかなんかで火をつけた……。
変態か。人が焼けるサマを見たいのか。俺が苦しいのが嬉しいのか。
……腹が立った。
苦しかったし、熱かったが、腹が立った。
炎の輪が俺のほうに縮まってきて、火柱が俺に火の粉をふりかける中、俺は怖がりながら、怒っていた。
やがて火の先が俺の制服を舐めた瞬間、俺の恐怖と怒りは爆発した。
「…………!!」
なんて叫んだかわからない。ばかやろうか、ちくしょうか、ふざけんなか。
叫んだ瞬間、俺の足元が爆発した。
砂利や小石がはじけ飛んだ。男が腕で顔をかばうのが見えた。
ざまあみろと思いつつ、首をひねった。
足元に爆弾でも仕込んであったのか……? あの変態がやったのか?
いや、だったら俺は爆死してるはずだし。
落下する石が、俺の周りの炎を押しつぶして消火するように並んでいくのも変だし。
俺の消えない怒りの行き先である、あのなんか偉そうな男に、尖った流木が飛んでいくのも変だ。
顔をかばっていた男の前に、とつぜん火の壁があらわれた。
なんかの特撮みたいに。熱風が俺の肌を叩く。流木は一瞬で燃え尽きて灰を散らした。
ここで俺は初めて気づいたんだ。
この火はあいつのものだって。
そしてこの、今も空中に停止してる、石や、流木や、キャンプのゴミのペットボトルなんかは、おれのものなんだ、って。
俺はたぶんこのすべてを、あの男にぶつけることができる。
木は燃やされた。でも石ならたぶん、あいつにぶつけられる。
炎の壁がふたつに割れて、あいだを、あの男が歩いてきた。
俺の数メートルむこうで立ち止まって、周囲に浮いた石に手を置きつつ、ふうっと溜息をつく。
なぜか辛そうに見えた。しかし男はすぐにあごを上げて、見下すみたいな目つきで俺を見た。
「……とんだノーコンだ。力の使い方がまるでなっていない」
やっぱり俺の力、なのか?
俺の驚きを見透かしたみたいに、男はにやりと笑った。
「ああ、最初から俺の頭に石をぶつけておくべきだったな。さすがの俺もとっさの攻撃では避けきれなかっただろう。だがもう無理だ。小石程度なら燃やし尽くすなり、熱風で軌道を変えるなりできる。ぶつけられても急所を避ければ、たいしたダメージじゃない」
俺は唾を飲み下し、頭の中で言葉をさがし、やっと、言った。
「なんで……」
しかし男は俺の言葉を無視して、河原のある一箇所を指した。
大岩があった。俺くらいのサイズの。
男はそれを指したまま、淡々と言った。
「あれを使え。あれなら俺も避けられない。持ち上げてみろ」
「なんで。なんで? なんでだよ! なんでそんなこと言うんだよ! おまえ何モンだよ! これはいったいなんなんだよ!!」
「早くしろ。あと五秒で、俺はおまえを火ダルマにする」
言いながら男は人差し指をたてた。その指先に、ロウソクみたいな小さな火が灯った。
俺にはなぜか、男が、時間を急いでるみたいに見えた。
男が二本目の指を立てるころには、俺はもう焦りだして、急いで大岩に意識を向けた。
あれを持ち上げる? どうやって。そんなことが本当にできるのか?
男が三本目の指を立てる。……これ、本当に現実か? 現実ならなんかの撮影じゃないのか。
四本目の指。……違う。撮影じゃない。夢でもない。この火傷の痛みは本物。俺は殺される。
五本目の指。
俺の中で怒りと恐怖が爆発する。ふざけんな。こんな夢か映画か意味不明の理由で死んでたまるか。
視界の隅で、大岩が宙に浮いていた。
男は俺を攻撃しなかった。なぜか指から火を消し、その手で自分の肩を抱いて、身を折っていた。
その背中に大岩が飛んでいく。男のつぶされる様を想像して、俺は自分が人殺しになるのだと知った。
ものすごい音が鳴った。地響きが足元を揺らした。
俺は、人をあやめてしまった恐怖に硬直していた。
しかし次の瞬間、俺は目を疑った。
地面にめりこんだ大岩。その上に立つ、二人の男の姿があった。
一人は、岩の下敷きになっているべきさっきの男。もう一人は……知らない男。
その知らない男は、さっきの炎使いの男の体を、自分の両腕で抱きこむようにしていた。炎使いの方が激しく暴れていて、それを必死で押さえ込もうとしているようだった。
「暴れんな獅子! いててて掴むな!」
そいつがそう言った瞬間、俺の目の前の映像が、ふっと途切れたような気がした。
そして岩の上に立っていた男二人は、岩の下に移動していた。
なんというか、フィルムを別のコマにつなげて、岩から下りる過程を省略したみたいに。
あたらしく現れたほうの男が、もがく炎使いを抱きしめながら、俺に、場違いに明るい笑顔を投げかけてきた。
「ごめんな。獅子が限界だからもう帰るわ。遊んでくれてありがとう」
俺は当然の問いを口にした。
「だれだ、おまえ」
「俺? 射手。こいつ獅子。おまえは牡羊だろ? よろしく」
「……」
「獅子、おまえの力を確かめに来たんだ。びっくりしだだろ」
俺の力。
やはりこれは俺の力らしい。漫画みたいな、映画みたいな。
この俺の力を、なぜかこいつらは知っていて、確かめるために俺を攻撃したのか。
考えながら自分の手を見つめていると、急にからだが重くなった。
足から力が抜けた。腰からも。体ぜんぶから力が抜けて、俺はその場に倒れた。
なんだ、これは。体に力がぜんぜん入らない。手も足も重い。100キロを全力疾走したあとみたいな、いやもっとひどい、脱力感を感じる。
ああ……こいつらが敵だとしたら、俺いま本当にやばい。
必死で地に手をつき、体を持ち上げ、顔をあげた。
射手が、面白そうに俺を見ていた。
「ふぅん。制限が出たのか」
制限?
射手の腕を振り解いて、獅子が歩み出た。夕暮れの暗い中でもわかるくらいに顔色がわるい。俺を見下ろす目もさらに尖ってて、偉そうだった。
「痛みはあるのか? あるいは、体のどこかが動かない、とかは」
なんのことだ。俺は疲れて死にそうなんだ。さっさとどっかに行ってくれ。行く気が無いならもう、俺を燃やすなりなんなり、好きにしてくれ。限界だ。
体を支えていた腕から力が抜けた。俺の体は完全に地に伏した。
制服のえりの後ろを誰かが掴んだ。獅子が俺をネコみたいに持ち上げているようだ。声が聞こえる。
「連れて行くぞ、射手」
「ええっ。誘拐はまずいだろ」
「魚に診せる。どんな制限が出ているのかが分からない以上、放っておいてはまずい」
「そりゃ分かるけど、そいつに魚を使ったら、おまえが魚を使えなくなる」
「おまえもな。腕の力が抜けているようだが、しばらく我慢しろ」
「我慢か。俺の苦手な言葉だ」
分けの分からない会話を聞きながら、俺は眠りに落ちた。
そして気づいたら、知らない場所に居た。