星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…01

「寂しくなるな」
 と、牡牛は言った。
 その感傷的なセリフに対して、残りの11人は、笑った。
 卒業式が終わったあと、教室に集合した3年1組の面々は、心にある、将来へのほんの少しの不安を紛らわせるかのように、未来への期待をことさら強調して騒ぎたてていた。
 牡羊が言う。
「大丈夫だ牡牛。会えなくなっても、俺たちずっと友達だからな」
 その真摯な言葉に対して、暑苦しいよと周囲からツッコミが入る。牡牛もそう思った。しかし牡羊のその暑苦しさは、こんな時には、ややまずいくらい心に響くものだった。だからその嬉しさと気恥ずかしさを、いま周囲の何人かが、ツッコミを入れることによって誤魔化そうとしたのだということが、牡牛にはよくわかった。
 特に双子などは猛烈に嬉しかったようで、ことさらに牡羊をからかっている。
「ドラマかよ! 今どきドラマにだってンなセリフねーよ! もうちっと面白いこと言えよ!」
「面白いことってなんだ」
「そだな。おまえの場合は、『大丈夫だ俺はすぐに大活躍して勝ちまくって、テレビとか新聞とか出倒して、ボクが勝てたのは友人の、特に牡牛と双子の応援のおかげですって言ってやるからな』とか言ってくれたら、おれ大爆笑する」
「おう。じゃ金メダル取った時はそうする」
「じゃ俺も有名になろ。牡牛のために。超大作RPGとか作って主人公の顔を牡牛に似せてみるってのはどうだろ」
 身体能力の高い牡羊は大学に推薦入学が決まっている。双子はコンピュータの専門学校に入る。二人ともきっぱりと道が別れてしまうのだ。そして道が分かれてしまうのは、残りの面々も同じだった。
 女子と喋っていた蟹がやって来て、牡牛の隣りに座った。手帳を差し出してくる。
「牡牛も書いてくれ。住所と電話番号」
「蟹はトリマーだったか?」
「うん。動物に触れる仕事につきたいんだ、将来は」
 およそ生きているものすべてに優しい、蟹らしい夢だなと牡牛は思った。
 実は過去に、牡牛は蟹に、トリマーの学校に一緒に行かないかと誘われたことがあったのだ。断りはしたが、自分が蟹とおなじく動物好きであることを、なぜ蟹が知っていたのかと、牡牛は今でも不思議に思っている。
 蟹は敏感な男だった。人の心の機微を読むのが巧みで、今も獅子を見てなにかを感じたらしく、声をかけている。
「獅子、大丈夫?」
 窓の外を見ていた獅子が、振り返った。
「なにが」
「いや、静かにしてるから、どうしたのかなと思って」
「別に感傷にひたってたわけじゃない。天気を見ていただけだ」
 ということは、感傷にひたって空を見つめていたらしい。
 高校生活の三年間、牡羊と体育の成績を競い合っていた獅子は、やはり牡羊とおなじく、体をつかう道に進む。自衛隊に入るのだ。獅子は父親も国防関係の仕事をしているらしく、自然とその選択になったのだという。
 そして獅子とは逆に、頭をつかう道を選んだ乙女は、また獅子の選択に横槍を入れていた。
「成績が悪いわけでもなかったのに、なんで進学しなかったんだ?」
「何度も言っているだろう。俺は何かを守る仕事につきたかったんだ」
「武器でなにかが守れるとは思えないが」
 乙女は私立大の法学部に合格している。乙女も父親が人権派の弁護士なのだ。
 気が合うはずもない二人だったが、いつも獅子と乙女の緩衝材になっていたのが、天秤だった。いつの間にか二人の背後に立ち、さりげなく独り言をはなつ。
「完ぺきだな。僕が将来、厄介ごとに巻きこまれた時は、僕の友達には怖いやつがいるぞって言える」
 獅子と乙女が顔を見合わせる。
「自衛隊はヤクザじゃないぞ」「弁護士はヤクザじゃない」
 それに天秤が厄介ごとに巻きこまれるということも、そうそう有り得ないように牡牛には思えた。どんなこともソツなくこなす天秤は、やはり高校生活中、禁止されているバイトをソツなくこなしていて、そのままその有名衣料品店で働き続けるのだという。
 牡牛は蠍に目を向けた。日ごろから静かだったこの男は、この日もひたすら静かだった。話しかけなければ喋らない蠍だが、なぜか牡牛にはよく喋りかけてくる。このときも目が合って、しばし見詰め合い、やはり先に口を開いたのは蠍だった。
「牡牛はなにもしないんだよな」
 牡牛は、腕を組んで唸った。
「まあ……、そうなるのかな」
「家の跡継ぎか」
「ああ。うちは農家だから」
「家に、遊びに行ってもいいか?」
 まるで今まで遊びに来たことがないかのような言葉だった。牡牛は苦笑した。
「いつでも。大学で友達が出来たら連れて来い」
「ひとりで行く。騒がしいのは苦手だ」
 大丈夫だろうかと牡牛は心配になった。たしかに蠍は人嫌いなところがあり、教室でも目立たず、友人たちのあいだでも少し浮いていた。彼は芸術系の大学に進学するのだが、新しい生活に馴染めるのだろうか。
 今までなら、蠍が誰を嫌おうが、何を避けようが、気にしない人間が居た。それで蠍は無理にでも仲間とつるめた。そういう役割を担っていた射手が、今もまた、さっきの蠍の物憂げなセリフなどまったく気にすることなく、蠍の背中に抱きついてきた。
「なあなあ、俺も蠍と同じガッコに入れば良かった。面白そうじゃん芸術系。変なヤツいっぱい居そうじゃん」
 それでは蠍が変なヤツだと言っているも同然だったが、射手には悪気などカケラも無いのだ。牡牛はまた苦笑した。
「射手は語学留学か」
「あぁ。牡牛といっしょで、何もしねぇの。やること無いから外国に放り出されるんだ。楽しみだ」
 射手の親は政治家で、しかしテストで100点と0点を交互に取るような息子を扱いあぐねたらしく、そういう結論になったらしい。留学と言う耳障りの良い言葉を借りた、一時追放のようなものだが、その状態は、射手には向いているように牡牛には思えた。
 射手は蠍をひとしきりハグしたあと、次に山羊に抱きついていた。
「なあなあなあ、アメリカから帰ってきたあと何もやることがなかったら、おまえんトコに就職させてくれる?」
 山羊は途端に挙動不審になった。
「え、あの、なんというか、英語は要らないと思うんだ、うちは」
「駄目だろ世界に目を向けないと。円高よ。資源安よ。材料確保よ。買って作ってバンバン売らねーと」
「なるほど。じゃなくて、俺の一存ではきめかめ、じゃなくて、きめかめられ……あれ」
 山羊はずっと射手が苦手だったようだし、それは最後まで変わらなかったようだ。山羊も牡牛や獅子、乙女と同じく、やはり親の跡継ぎとして精密機械メーカーに就職するのだが、牡牛も山羊と同じく、射手はそこには向いてないだろうと思った。この面子の中に、向いている者が居るとすれば。
 牡牛が脳内で出した結論と、同じ答えにたどり着いたらしく、山羊が水瓶を呼んだ。
「おまえ、最高で何年ぐらいがんばるつもりなんだ?」
 水瓶は手にしていた文庫本から目を離さぬまま、答えた。
「7年」
「……長くないか」
「大丈夫。結論出すのに、7年もかからないから」
 水瓶は複数の高レベルな大学に合格していながら、どれも気に入らなくて浪人を選んだ変わり者だった。自分のやりたいことが見つかるまでは、その生活を続けるのだという。いまどき自分探しなど流行らず、聞けば恥ずかしいだけのこの行為だが、この天才に限っては例外だった。水瓶なら、そういう生き方も有り得るだろうと、誰もが考えていた。
 そして水瓶の隣りで、水瓶とおなじく本を読んでいた魚が(こちらは漫画本だが)、こちらはさっぱり本に集中できないらしく、山羊と水瓶の会話に割り込んできた。
「いいよね、頭が良かったり、運動神経が良かったりしたら」
 水瓶は無反応で、山羊はきょとんとしたが、牡牛は頷いた。
「水瓶や乙女は頭が良い。牡羊や獅子は運動神経が良い」
「天秤と双子は要領がいいから、なにやっても上手いしさ。蟹と山羊は真面目だから、なにかやるって決めたら極めちゃうだろうしさ」
「……」
「蠍のセンスって独特だし、射手もなんていうか独特だし。僕はなんなんだろ」
「……」
「ね? 牡牛と僕だけがさ。なんていうかさ。そういう、特別なことに恵まれてないって気がしない?」
 牡牛はまったく賛成できなかった。魚は成績は悪かったが頭は良かったし、運動神経は無かったが、いざというときの動きは素早かったし、ぼんやりしているようでいて要領もいいし、好きなことには真面目だし、センスは理解できないほど独特で、つまり凡人のふりをした非凡人なのだ。
 本当の凡人は自分だけだと、牡牛は考えていた。
 魚は勝手に牡牛と共感しあったつもりになって、深々と溜息をついている。
「いいな、みんな」
「魚は漫画家のアシスタントだったか」
「やっていけるのかな。あの世界ってプロとアマじゃ、ぜんぜんハードさが違うんだよ」
「それはどの世界も同じだと思うが」
「あーあ。不安だな。寂しいな」
「……」
「寂しくなるなあ」
 奇しくも魚は、さっきの牡牛と同じセリフを吐いた。
 そしてそのセリフには、牡牛は同意してうなずいていた。