「桜に攫われる話って知ってる?」
校内の中庭。菓子パンの袋を持ったまま、双子がにんまり笑って言った。
あ、楽しんでやがるとわかりつつも、
「何ですか、それ?」
牡羊が聞くと、そうこなくてはとばかりに頷かれる。
「学校の怪談ってやつだよ。この時期になると学校の人間が5人、桜にさらわれるって話」
「いや、俺この高校に通って早2年なのに初耳なんですけど。何それ、最近出来た話?」
「逆!かなり古くからある話だって。でも俺だって春休み中に知ったくらいで…」
「……?」
双子は牡羊よりひとつ年上なのに、この時期に起きる話を知らないのはおかしい。
そもそも5人も行方不明者が出るなんて、新聞に載る騒ぎだ。
牡羊がよほど胡散臭そうな表情をしたのか、あわてて補足説明が入った。
「だって12年に1度起きる事らしいし?
おまけに攫われた5人は皆の記憶から消されて『いなかった事』にされるんだぜ?
後、この話自体が出回る事も12年に1度とかなんとか」
「うっわ、どんどん作られた話っぽくなってきて…」
「あ〜!そんな顔しないでくれる!?俺は聞いた話喋っただけだってば!そこ重要だから!」
「えーと…少なくとも俺がこの話を再び思い出すのは12年後なんですよね?
今これを記憶しても忘れるんですよね」
「せめて今月中くらいは覚えとこうよ!覚えた?忘れるなよ!
約束だから!ここテストに出すから!」
「はい覚えました。あー、肉団子うめぇ」
「うわぁせっかくホラーなノリで話そうとしたのに…
知ってる人が少なそうな、とっておきのネタだったんだけどなぁ」
12年に1度の桜。牡羊にとっては、桜の噂より昼食が大事なのであった。
ついでに、肩を落とす先輩の方が面白いのであった。
「双子くん?」
突然、声が飛んで来る。
「あ、蠍じゃん?」
「あのー。次、美術で…教室移動だけど大丈夫?」
「ううん、全然」
「双子せんぱーい。早いとこパン食べたら良いと思うんです」
暖かくなってきた風と黄緑の芝生を堪能しながら、牡羊は暢気に食事を再開した。